2013年4月30日火曜日


社会福祉法人の権限移譲と現況報告書の公開について
加藤俊介

 
 今後何回かに渡り新宮市における福祉施策について保育所関連のことがらを中心に検討及び提案を行っていきたいと考えています。初回の今回は私の業務経験を踏まえながら一つ提案をさせていただきたいと思います。

 私は現在、東京大学公共政策大学院で地方行政を軸としながら、政策の立案過程や行政組織の管理などについて幅広く学んでいます。それ以前は静岡県庁に勤め、直近2年間は社会福祉法人及び福祉施設の指導監査業務に携わっていました。社会福祉法人というと中々馴染みがないかもしれませんが、社会福祉施設(特別養護老人ホーム、障害者施設、保育所など)を経営したり、福祉に関わるサービスを提供したりしている法人をイメージしていただければと思います。社会福祉法人の特徴として主に次のことを挙げることができます。

① 公共性が高く、営利を目的としていないこと
→利益の配当は認められておらず、剰余金は福祉事業のために使われる
② 事業の継続性・安定性が求められていること
   →単年度の経営状況等の安易な理由で事業から撤退することは認められていない

 また、これらを担保するため社会福祉法人は行政から少なくない補助・助成を受けています。

 私が行っていた指導監査業務は補助金を受ける社会福祉法人が、適切に施設の運営や福祉サービスの提供をしているかどうかを財政状況や法人の運営状況からチェックし、必要な助言や指導をするものです。特徴の②にも挙げましたが、社会福祉法人は安易な事業撤退は許されません。入所施設である特別養護老人ホームを想像してもらえばわかり易いかと思いますが、財政状況が悪化したという理由で法人が施設経営から撤退したとすれば、施設を利用している高齢者は行き場所を失うことになります。施設は利用者の方にとって家と同じですから、「施設がなくなったからそれでは別の施設に移ろう」ということにはならないのです。市場でやりとりされるサービス以上に、福祉サービスは生活に直結するものが多く、サービスの中断は許されないとも言えます。指導監査における財政面からのアプローチでは、経営状況の悪化や不適切な支出等が生じていないかどうかを確認し、事業の継続性について検討を行います。

 もう一つ指導監査業務で重要なことは、法人運営からのアプローチですが、これは施設に入所する方の立場にも大きく関わっています。福祉施設に入所する方、特に高齢者や障害者及びその家族などは、施設(法人)のサービスが悪くてもその改善を求めたり、施設を移ったりすることが難しい立場にあります。入所する高齢者の方には認知症の人がいたり、障害者の方の中には自分の気持ちをうまく表現できない人がいたりしますし、家族も自分たちが支えきれなかった部分を、施設にお願いしているという気持ちがあるため中々意見できない(そもそも施設の状況が分からない)ところがあります。
 市場で調整できないこのような社会福祉法人の状況を改善し、施設やサービスを利用する方の生活を守るというのが指導監査本来の目的です。私は2年間、社会福祉法人の指導監査業務を行いとても大切な業務だと実感しています。

 
【社会福祉法人指導監査業務の権限移譲】
 前置きが長くなってしまいましたが、社会福祉法人指導監査の重要性を説明したのには理由があります。

これまで社会福祉法人の指導監査業務は大部分を都道府県が実施していました。しかし、平成25年4月からは権限が移譲され、市がこの社会福祉法人の指導監査業務の大部分を行うことになったのです。この権限移譲には、いくつか問題があると私は考えています。

まず一つ目の問題は、権限移譲が権限の受け手である市の要望に基づいて実施されるわけではないことです。脚注ivに示したとおり、今回の権限移譲は法律に基づいて全国一斉に行われます。和歌山県のように一部の自治体は先行して実施していますが、この場合も市ごとに権限移譲の可否を決定するものではなく一律で市単位に移譲が行われています。一方で町や村はその対象とされておらず、和歌山県有田市のように社会福祉法人が2つしか存在しない市には権限移譲が実施され、有田川町のように4つの社会福祉法人が存在する町には権限移譲されないという所管法人数の偏りも生じています。
 
 所管する法人数は指導監査の質と深く関係しており、所管する法人数が少ない場合は効果的な監査が期待できないという問題があります。これが二つ目の問題です。静岡県の場合、平成24年時点では282法人を所管しており、監査担当職員は一人当たり年間にして約60箇所の監査を行っていました。基本的に監査は一日に一法人行いますから、実地で行う監査日数だけで60日となります。監査担当職員は11名で、いずれも指導監査を業務の中心とすべく配属されていました。監査を実施するには経験と知識がとても重要で、最初から不適切な事項の指導や的確な助言は行えません。従って新任職員は、昨年度の監査結果などを考慮して比較的問題がないと思われる法人の監査を担当し、ベテラン職員を見習いながら監査の数を重ねることで次第に効果的な監査の技術を身に着けていくのです。
 ところが、県から市へ権限が移譲されることで所管法人数が分散され、多くの市では職員が十分に監査技術を磨くだけの法人数を確保できない事態に陥ることが懸念されます。また、所管法人数が少ないということは業務に従事する職員数(人工)が少ないということでもあり、監査技術の継承ができないばかりか、その他業務と兼務する場合が出てくると予想されます。私が知る限りでも専属職員を配置できる市は多くはありません。

 三つ目の問題として権限移譲の結果、法人と施設の指導監査実施主体が異なってしまい、一貫した指導及び助言がし辛くなることがありますが、ここでは詳しくは触れません

 兵庫県にあっては、これら諸々の理由から平成25年度から法定移譲されるこの社会福祉法人指導監査業務を市に移譲したあと、それを市から県に委託する形をとることで事実上、これまでと同様に県が指導監査業務を実施する手法を採用しています。法律で移譲された権限を委託で戻すことは外形上地方分権に反しますし、考えてみても違和感がある行為であるため通常は行いません。それでも、兵庫県は実益を優先して実施しました。このような事例からも、市が指導監査を実施することが困難であることが分かるかと思います。

指導監査業務の理想は、どの法人に対しても一定のレベルの指導と助言ができることであり、所管する法人数が少ないからと言って、一法人に対する指導及び助言の質が低下して良いものではありません。法人の不適切な経理や運営を見逃すことは、先に確認したとおり施設やサービスを利用する方の生活を悪化させることになりますから、所管法人数に関わらず指導監査の質を確保していかなければなりません。では、どうしたら所管する法人数が少ない中で、市は社会福祉法人の財務状況及び運営の管理をしていくことができるのでしょうか。

<和歌山県市別所管法人数>
市 名
法人数
市 名
法人数
市 名
法人数
市 名
法人数
和歌山市
59
海南市
紀の川市
岩出市
橋本市
10
有田市
御坊市
田辺市
11
新宮市
11
  計
111
(和歌山県福祉保健部『平成24年福祉保健施設一覧』より作成)

【現況報告書の公開】
 先の疑問に対して、法人から提出される現況報告書を行政側で一括して公開することを提案したい。

現況報告書とは社会福祉法に基づいて毎年法人が所轄庁に提出する書類で、その書類には事業報告や役員の構成、財務関係書類、監事による監査報告書が含まれます。この現況報告書が公開され、誰でも簡単に情報にアクセスできるようになれば、法人は外部から見られていることを意識して、これまで以上に緊張感を持って事業を運営するようになることが期待されます。また事業報告を「利用者を含めた公に見せるもの」として作成するかどうかにより、ある程度法人の事業に対する姿勢を知ることができ、利用者側の施設選びの参考にもなるでしょう。「見られている(かもしれない)」と法人に意識させることは思っている以上に効果があります。実際に静岡県において、指導監査結果の公表を実施することにした時には、これまであまりなかった指導事項に対する意見が法人から複数寄せられました。その中には指導内容が誤っているから指導を取り消して欲しいと強く要求するものまでありました。このように、「見られている」と思わせることがポイントであり、現況報告書を公開することは、言わば不特定多数の人に監査されているような状況を作るということです。

現況報告書に含まれる財務諸表は社会福祉法において、求めがあった場合には閲覧に供さなければならないとされていますし、厚生労働省の通知では資金の融通を高めるための条件(運営費の弾力運用の条件)としてより具体的に「(財務諸表を)事業経営の透明性確保のため、福祉サービスの利用者のみならず、一般に対しても、当該法人のホームページ及び広報誌により公開する外、各都道府県のホームページの活用などにより公開すること。」が求められています。なお、このレポートを作成中、国の規制改革会議において全社会福祉法人の財務諸表を公開することが要請されました。公益性の高い社会福祉法人にあっては情報を積極的に公開していく方向へと確実に進んでいます。ですから、指導監査権限の移譲を受け、同時にこれまで挙げたような問題を抱える市は、財務諸表のみならず、事業報告や役員構成をも含む現況報告書の公開にいち早く取り組んでいただきたいと考えます。現況報告書は社会福祉法に基づいて毎年必ず法人から提出されるものですから、所轄庁は新たに法人から情報を取得する必要はありません。すでに手元にある情報を整理・調整してホームページへ掲載すればよいのです。
情報公開によりすべてが改善されるものではありませんが、複数の視点からチェックを行うことで未然に防止できるものは確実にあります。

最後に、既に東京都は現況報告書の情報を以下のホームページで公開していますので紹介します。
 

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